私たちを幸せにしてくれる「法事」という時間
こんにちは。故人さまへのご供養は、お葬式が終わったあとも続きます。そこで大切にされているのが、法事です。
「法事と法要、ことばの意味の違いは?」
「法事はいつまで続けたらいいの?」
「法事って必要? 何のためにするの?」
ご家族の供養を大切にしたい方にとって、少しでもヒントになりますように、皆様の疑問にお答えします。
「法事」と「法要」の違いとは?
実は、仏教の中では「法事」と「法要」に明確な違いがあるわけではありませんし、混同して使われている場面をよく目にします。
ただ、一般的にはこんなふうに使い分けられています。
<儀式の区分け>
「法要」が、僧侶による読経や焼香など、宗教的な儀式そのものを指すのに対し、「法事」は 法要に加えて、その前後の会食なども含めた、一連の流れ全体のことを指します。
<主催者の区分け>
家族が主催する儀式(一周忌法要や三回忌法要)のことを「法事」と呼ぶのに対し、お寺が主催する儀式は(彼岸法要や施餓鬼法要)と呼ばれる傾向にあります。
ただ、これらも普段お葬式や法事の現場に携わる私たちの”なんとなく”な印象であって、はっきりとした線引きはない、というのが正直なところです。
法要はいつまで行うの?
「法事って、いつまで続けるものなの?」
こんな疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。
結論から言えば、法要に「いつまで行わなければならない」という決まりはありません。
あくまで、気持ちの区切りとして行うご供養です。
従来の形式では、三十三回忌をもって故人さまの供養が完成すると考えられています。33年という年月は、供養をする側も高齢になり、世代交代が行われる時期とも重なります。
ただ、現代では核家族化が進み、親族を集めての法事がむずかしいご家庭も増えてきました。
そのため、七回忌や十三回忌までは親戚を呼び、それ以降は家族だけで静かに手を合わせるという形を選ばれる方も少なくありません。
とはいえ、法事の本質は「気持ちを込めて偲ぶ時間」。
たとえ少人数でも、定期的に家族が集まり、故人を想う時間を持つことには、大きな意味があります。
そのメリットについては、次の章でくわしくご紹介します。
私たちを幸せにする法事。4つのメリット
「亡くなった人は戻ってこないのに、なぜ供養を続けるの?」
…そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、法事や法要には、私たちを幸せにするためのたくさんの意味があるのです。
1)亡き人を想い続けるために
定期的に手を合わせることで、「今もそばにいる」と感じられることがあります。
それが、ゆっくりと気持ちを整理していくグリーフケアにもつながっていきます。
2)家族や親族と、ゆるやかにつながるために
法事は、普段なかなか会えない親族が顔を合わせる貴重な機会です。
いつもは遠方にいる者同士が久しぶりに再会すると、お互いの近況報告で話が盛り上がることも少なくありません。
法事が、家族の絆や先祖とのつながりを感じさせてくれるのです。
3)お坊さんのお話で、自分を見つめ直すために
法要を終えたあとにお話しいただくお坊さんの「法話」を通じて、人生のヒントや、心の持ち方を学べることがあります。
法事という非日常空間で、お坊さんという非日常な存在とのご縁が、何気ない日常を、少し違った目線で見つめ直すきっかけになるかもしれません。
4)仏さまとのご縁をつむぐために
家族の法事とは別で、お寺が主催する法要にもぜひとも足を運んで頂きたいものです。
お彼岸やお盆、施餓鬼など、お寺で行われる年中法要では、読経の響きやお線香の香り、荘厳な空間の中で、仏さまと向き合うことができます。
また、普段合うことのない檀家や参詣者同士で、思わぬご縁が生まれることもあります。
お寺の法要は、読経に加えて、ゲストの方の法話や講演が組まれていたり、お寺の別のイベントと併せて行われることも少なくありません。
中には、法要の準備から参加して、特別な時間と感じる人もいるようです。
ふだん忙しい日々の中で、少しだけ自分だけの時間を作ってお寺の山門をくぐる。それだけでも、心の奥がすっと整うような感覚になるものです。
おわりに
「法事」と「法要」は、どちらも亡き人への想いをかたちにする、大切な営みです。
ふだんの暮らしの中では意識しにくいかもしれませんが、節目の法要を通じて、自分の心を整える機会にもなればと願っています。
マキノ祭典では、ご自宅や会館での法事・法要のご相談を随時承っております。
「何を準備すればいいの?」「お坊さんにはどう連絡すれば?」といった疑問にも、丁寧にお応えします。
どうぞお気軽に、お近くのマキノ祭典相談サロンまでご相談ください。
今月も、最後までお読みいただきありがとうございました。