【ブログ・北田友美】やっちゃえ、マキノ。兄が突き進む「練馬のリーディング葬儀社」への道
こんにちは、マキノ祭典の北田友美です。
前回のブログでは、葬儀屋さんの娘として育った私の歩み、私から見たマキノ祭典の歴史をお話をしました。読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
さて、第2弾となる今回は、マキノ祭典の「今」と「これから」を牽引する、私の兄(現社長)についてお話ししようと思います。
妹の私が言うのもなんですが、今のマキノ祭典の進化は、兄の「やっちゃえ!」という突破力なしには語れません。
父が作ってくれた大切な土台を、兄がどう守り、どう壊し、そして「練馬のリーディング葬儀社」を目指しているのか。
家族だからこそ見える、その舞台裏を少しだけ明かしてみたいと思います。
父が舗装した道を突き進む兄
前回は、私が葬儀屋さんの娘として生まれ育ったお話しをしました。
兄も私も、若い頃は「絶対に家業は継がないぞ」と、それぞれ一般企業に就職して外の世界を見てきました。むしろ逆に兄の同級生がアルバイトでマキノ祭典で働いていたほどです。
しかし、兄も私も、20代後半で上石神井に戻り、家業を手伝います。当時は社員も定着しきれず、猫の手も借りたいほど、会社を維持していくことが大変だったみたいです。
そして、実際に現場に入ってみることで、たくさんのことに気付かされました。
ご遺族の深い悲しみ。スタッフの方々のご苦労。そして、24時間365日休みなしで働く両親の凄み。
葬儀社は、普通の商売とは違います。「毎度ありがとうございます」とは言えません。
それでも、ひとつのお仕事が終わろうとするまさに最後に「ありがとう」と仰っていただける。そのことばの重みを肌で感じた時、嫌いだった家業が、尊く感じられるようになったのです。
創業者の父は、まさに「現場の人」でした。泥道を這うように、会社の基盤を、少しずつ少しずつ固めていきました。
24時間365日休むことなく、いつも腰が低く、地域の方々にも愛され、警察や福祉の現場を駆けずり回っていたと思います。
そうやって、道なき道を少しずつ固めていき、舗装してくれた。そのことに対して感謝を込めて、父が作ってくれた道を突き進んでいるのが、いまの兄の姿です。
よく、「2代目社長は会社をダメにする」なんて言いますが、兄は全くそんなことがありません。父が作った旨味を吸うどころか、常に危機感を抱き、会社を改善改革し続けています。
子どもの頃から、自分がこうと決めたことは絶対にやり抜く人ではありましたが、何が彼をそうさせているのでしょうか。
常識をぶち破る、兄の「やっちゃえ」精神
兄は昔から「考える前にやれ、やっちゃえ」みたいなところがあります。
その姿勢に家族や社員たちは振り回されたりしますが、でもこの「やっちゃえ精神」が、いまのマキノ祭典を作り上げているとも思います。
社内研修の質と量
マキノ祭典の社内研修の質と量は、おそらく業界内でも群を抜いていると思います。
内容は、企業秘密なので明らかにできませんが、常に社員が学べる機会を会社として与え続けているのです。
研修って、そもそも面倒臭いものですよね。
「また研修かよ~」
「社長の圧は強いからな~」
こんな愚痴めいたやりとりがスタッフの口から漏れ出ているのを、何千、何万と聴いてきました(私もたまにそう思う)。
でも、この社内研修をやめない、続けることで、いつしかこれが文化となり、企業の誇りになってもいるのです。
社内では愚痴をこぼしているスタッフも、お客様の前では「私たちは圧倒的な社内研修をしています」とお伝えすることで、他社と違う点を誇り高くお伝えしたりしています。
現状維持は衰退の一歩。社内研修を改善しながら継続しているところに、マキノ祭典の強みがあるように思います。
ラッピングバス
練馬にお住いのみなさんなら、一度は区内を走るマキノ祭典のラッピングバスを見たことがあるのではないでしょうか。あれも兄の「やっちゃえ」が形になったもののひとつです。
ひと昔前だと、葬儀社がでかでかとラッピングバスを出すだなんて考えられませんでした。実際に社内からも、「葬儀社がそんなに目立ってどうする」という声がありました。
けれど兄は、「葬儀社が顔を隠してどうする。困っている人が、一番に見つけられる存在にならなきゃいけないんだ」と一切曲げませんでした。 結果、そのインパクトは絶大。今や練馬の街でマキノのバスを見かけない日はありません。
お客様にマキノ祭典を選んだ理由を伺うと
「よく名前を聞くから…」
「よくバスを見かけるから…」
…というお声をいただきます。
お客様に常に知っていただく存在であらねばという、兄の信念が結実した瞬間だと思います。
働き方改革
マキノ祭典に限らず、日本中の葬儀社が常に頭を悩ませるのが「働き方問題」です。
葬儀社へのご依頼は、24時間365日のいついただくか分かりませんから、こちらは常に動ける体制をとっておかなければなりません。
スタッフの労働環境の改善と、お客様満足度の向上。この2つを両立させるのは、相当大変なことです。
マキノ祭典は伝統的に「一葬儀一担当者制」を採用していましたが、兄はここにもメスを入れ、「分業制(プランナーとディレクターの分離)」を確立させました。
もちろん、お客様にとってははじめから最後まで同じ担当者の方が安心ですが、それだと長い目で見た時に社員の皆さんが疲弊し、会社が回らなくなってしまいます。
「社員の皆さんがこの会社で働き続けたいと思える会社にしないといけない」
「担当者が寝不足で疲弊している状態で、最高のサービスができるわけがない」
そうした兄の信念が、働き方改革をやっちゃいます。
試行錯誤の分業制。最初は引継ぎがうまくいかず、お客様からお叱りを受けることもありました。
それでも、兄は「私たちの働き方改革は、お客様の犠牲の上に成り立っているんだ」と檄を飛ばしながら、現場での分業制、みんながしっかりと休みをとれる休日・宿直体制の改革・改善を積み重ねました。
改革改善に終わりはなく、常に自分たちの働き方、お客様へのサービス提供について見直していますが、今では有給も代休も充分に消化できる、そんな仕組みと社風ができ上っています。
働き方改革については利根川さん、櫻井さん、宮本さんもブログで書いているので、スタッフの方から見える景色も、読んで頂けたらと思います。
さいごに
兄はよく言います。「現状維持は衰退の一歩だ」と。
かつて私が「嫌で嫌で仕方がなかった」葬儀屋の景色は、兄の「やっちゃえ!」という情熱によって、活気あふれる、プロフェッショナルな集団の景色へと変わりました。
改革の途上では、上手くいかずに立ち止まることもあります(もちろん、今だって)。
分業制の導入当初、お客様からお叱りを受けた時の兄の悔しそうな顔を、私は忘れることができません。でも、そのたびに兄は「お客様にとって、そして社員にとっての正解は何だ?」と問い直し、泥臭く改善を社員たちに促してきました。
兄が突き進む道は、これからもきっと平坦ではありません。でも、妹として、そして同じ志を持つ社員として、私はその背中を追い続け、支え続けていきたいと思っています。
「やっちゃえ、マキノ。」 その合言葉とともに、私たちはこれからも練馬の皆様に支持される葬儀社を目指し、進化し続けます。