「アイデンティティはお寺」24歳の女子がお届けする仏教の魅力
こんにちは、マキノ祭典の白戸千尋です。
1人2記事の社員ブログ。前回の記事では、私がお寺にルーツを持ち、ホテルに憧れ、葬儀の世界に飛び込んだ経緯をお話ししました。この記事では、私の根っこにある「仏教」ついて、私視点でその魅力をお話しさせてください。
お寺をルーツに持つ私
私は、専業主夫の父と、看護師の母の間に育ちましたが、母方の実家がお寺でした。住職だった祖父が早くに亡くなったので、私にとっては「おばあちゃんの家」が、お寺だったというわけです。
幼い頃から、川崎の自宅から新宿のお寺まで元旦のご祈祷会や法事で親戚が集まるのは当たり前の光景。おじいちゃんのお墓参りに行けば、従兄やお母さんが経本も見ずに、スラスラとお経を暗唱している……。本堂に足を踏み入れた瞬間に広がるお香の香りと共に、仏教は私にとって「外にあるもの」ではなく、自分を形作るアイデンティティそのものでした。
就職活動の時に行った自己分析でも、私には「人のために尽くしたい」という特徴があったようで、これも幼い頃からの仏教の影響かもしれません。母は常々「おてんとうさまが見ているよ」と戒めるような人でしたし、母や祖母の信仰心が、自然と私の中に根付いたように思います。
大学で出会った坐禅
私は駒澤大学に進学しました。
ここまでの話を聞くと、「お寺をルーツに持つから、仏教系の大学に進んだのだね」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
私は、駒大が仏教系の大学とはつゆ知らず、むしろ海外志向の強いリベラルアーツ系の学部に惹かれて入学したのでした。
夢の英会話、夢の海外留学。しかし、海外留学はコロナ禍で中止となるし、入ってみると仏教系の大学だし、はじめは「思ってたのと違う」と思いつつ、やっぱり私の中にしみ込んでいる仏教的素養が、どんどん大学生活を楽しくさせてくれました。
大学ではさまざまな仏教の歴史や思想を学びましたが、その中でも特によかったなと思うのが、選択科目で取った「坐禅」の授業です。
駒大は、曹洞宗という禅宗の宗派が運営していることもあり、坐禅そのものが授業となっているのですね。
90分のうち、40分間ひたすら坐り、5分休憩して、また40分坐る。スマホも触れず、誰とも話さない。ただ自分と向き合い、最後に先生からお釈迦さまのありがたいお言葉を頂く、そういう内容です。
「坐っているだけで単位が取れるから」という動機で選ぶ学生も多い中、私は坐禅を組みたくて、自ら進んで通っていました。
情報にあふれた日常の中で、静寂の中に身を置く90分間。それは、今の私にとって「心の落ち着き」を保つための、とても贅沢で大切な経験となったのです。
身体を調え、呼吸を調えることで、心も調うと言われる坐禅(調身・調息・調心)は、心のデトックスとしてもおすすめです。
日本中のあちこちのお寺で坐禅会という形で行われているので、初心者でも気軽に始められます。是非お近くの禅宗寺院を検索して、坐禅をしてもらいたいです。
日本人は宗教が大好きな国民
意外に思われるかもしれませんが、日本人って本当に宗教が大好きな国民なんですよ。
初詣や七五三には神社(神道)、バレンタインやクリスマスはキリスト教、そしてお葬式や法事は仏教と、どんな宗教もごちゃまぜにして受け入れてしまうのが、日本人のとってもおもしろいところだと思います。
実際に当たり前のように「神様仏様」なんて言っちゃいますよね。これって世界的にはなかなか珍しい事のようです。
宗教に対しての親しみは、お葬式の現場においても変わらないなと感じています。
ネットやマスコミなどでは「寺離れ」ということばをよく見かけますし、「お坊さんはいなくてよい」といった声も耳にします。
ただ、実際にわたしがディレクターとして現場に入る限り、お坊さんがいる葬儀といない葬儀の比率は「7:3」や「8:2」ではないでしょうか。
また、お葬式は直葬(火葬式)という形で、お坊さんを呼ばずに家族だけで行ったとしても、葬儀を終えたあとにお寺の本堂やお墓などで読経を頂くケースが非常に多いとも聞きます。
やっぱりいまでも「お葬式では僧侶にお経を頂くこと」を当たり前として考えている人が多いですし、普段は「お坊さんなんていらないよ」と感じている人も、いざ大切なご家族のお葬式となると「お坊さんにお経をあげてもらわないと……」という気持ちになるようです。
お寺との付き合いが簡素化している時代だからこそ、「正しい送り方」というものが分からずに不安に思っている方は実に多いような印象を持っています。
だからこそ、私たち葬儀社が間に立って、お客様にとっての「正しさ」を一緒に探していく、そんな存在になれればいいなと感じています。
おわりに
私の祖父母もそうだったように、お坊さんとは、人々の安寧をただひたすらに祈ることを生業とされている方々です。
裏を返せば、祈りが職業になるくらい、私たち日本人は古くから祈りを大切にしてきたということです。
普段仏教を身近に感じていないあなたの身のまわりにも、実はたくさんの仏教的なものがあふれています。
お仏壇やお墓参り、盆踊りやお寺の縁日、坐禅や写経に御朱印巡り……。そして、大切な人が旅立つ瞬間にこそ、人は最も強く、深い祈りをささげるのではないでしょうか。
そんな「いざ」という時に、何百年と続く仏教の儀礼や僧侶の存在は、きっと言葉にできないほどの心強さを与えてくれるはずです。
私が思う仏教の魅力。それは、言葉にできない悲しみや不安といった目に見えない「心のゆらぎ」に寄り添ってくれるところだと思います。
坐禅のように自身を見つめ直す機会にも、お葬式のように人生で最も深い悲しみの場面でも、私たちの心を支え、前を向くためのたしかな力になってくれるのだと信じています。