
【ブログ・櫻井秀昭】お坊さんの力~供養の専門家とつながる安心感

こんにちは。マキノ祭典の櫻井秀昭です。最近「寺離れ」や「無宗教葬」ということばを耳にする機会があります。お寺やお坊さんの存在価値が問われているわけですが、わたしとしては、日々の仕事を通じて、そして個人的な体験を振り返ってみても、お坊さんはとても大切な存在だと感じています。
この人にお経をあげてもらいたい
わたしは練馬区生まれの練馬区育ち。お世話になっているマキノ祭典も練馬区上石神井。今住んでいる家も石神井の実家の隣にあります。生まれて45年になりますが、練馬区から出たことがありません。
当然、菩提寺も練馬区内のお寺さまですし、普段の仕事でも練馬区内のさまざまな宗派のお寺とのお付き合いがあります。
わたしが特に尊敬しているお坊さんの一人がAさんです。いつもおだやかで、腰が低く、年下のわたしのような者に対しても丁寧に接して下さるお坊さんです。その上、話はとても上手で面白く、そんな姿を見ていると、「ああ、こういうお坊さんにお経をあげてもらえると幸せだろうな」と感じていました。
父の葬儀で喪主を務めることとなったわたしは、Aさんに供養をお願いしました。櫻井家には代々続く菩提寺があるのですが、父は次男だったため、必ずしもそのお寺に依頼する必要はありませんでした。家族や親戚からも「葬儀家のあなたが言うんだ。好きなところにお願いしてもいいよ」と言われました。
Aさんにお経をあげてもらい、わたしはもちろん、家族や親戚もみな満足していましたし、父も安心して彼岸に旅立つことができたものと思います。
9割の人がお坊さんを呼ぶ
マキノ祭典は、多くの方のお葬式のお手伝いをしています。わたしの実感では、お葬式にお坊さんを呼ぶ方の比率は、全体の9割近くに及ぶのではないかと思います。直葬のようなセレモニーを行わない場合を除き、家族葬や一日葬などのセレモニーを行う場面では、お坊さんという導師の存在が欠かせないようです。
どうしてお坊さんがいた方がいいのか、わたしなりにその理由について考えてみると、お坊さんが「供養の専門家」だからではないでしょう。
大切な家族を失うことによる心のダメージは計り知れません。悲しみ、戸惑い、後悔、不安など、さまざまな感情がわたしたちに押し寄せてきます。それらを自分たちだけの力で受け止め、乗り越えるのは、相当困難です。だからこそ、供養の専門家であるお坊さんの力が必要なのだと思います。
2500年続く仏教には、長い伝統に基づいた教えと儀式があります。実際に、お坊さんが呼んでいるお経って何を言っているか分かりませんが、でもどこか心を落ち着かせてくれる抑揚や音律が、故人のことを思い返す機会にもなります。
Aさんに手向けられるお経をずーっと聞きながら、父とのたくさんの思い出が蘇ってきました。「供養はお坊さんに任せられる」という安心感があるからこそ、わたしたちはただ故人を偲べるのかもしれません。
お坊さんとのご縁づくりを
わたしは幸運にも、事前にAさんと出会うことができました。普段からのご縁を通じてその方の人柄が知ることで、いざという時に安心してお願いできたのです。
多くの方は、日常生活の中でお寺やお坊さんとご縁がないかもしれません。でも、まず気軽にお寺に足を運んで、お坊さんとのご縁を作ってみてはいかがでしょうか。
練馬区内にもたくさんのお寺があります。お寺で営まれる法要、縁日、イベント、坐禅や写経の体験会などに参加してみてもいいかもしれません。葬儀のためというよりも、ちょっとした興味から参加するだけで構いませんし、意外にこうした法要やイベントは楽しいものです。
もしもいきなりそうしたイベントに参加することに敷居の高さを感じるのであれば、まずはお寺に足を運んで、本堂に手を合わせてみるだけでも構いません。手を合わせてお祈りするだけで、心がスッキリするものです。
まずは、お寺という場所、お坊さんという存在を身近に感じることから始めてみましょう。
そして、「あ、ここはなんだかこの人とは気が合いそうだ」というお坊さんと巡りあたら、それはとてもすばらしいことですし、そうしたご縁が、いざという時に大きな助けになったりします。
もしもお坊さんとのご縁がないまま葬儀を迎えてしまった場合もご安心ください。わたしたちマキノ祭典が、各宗派の信頼できるお坊さんをご紹介いたします。お坊さんとのよきご縁が、きっとよきお葬式につながるはずです。