【ブログ・中島夏帆】「あなたにお願いしてよかった」その言葉が教えてくれた、プランナーの誇り
こんにちは、マキノ祭典の中島夏帆です。
マキノ祭典に入社して丸4年。葬祭部として印象に残っているお葬式のお話しをさせていただきます。
はじめて経験する200名規模の一般葬
それは私がまだ独り立ちして間もない頃に担当させていただいた、ある「一般葬」のことです。
当時のマキノ祭典は、今のようなプランナーとディレクターの分業制ではなく、一人の担当者が最初から最後までお手伝いをする形をとっていました。
入社3年目を目前に控えた私に届いたご依頼は、地元商店街でも顔の広い、あるおじいさまのご葬儀。予想される会葬者は200名以上という、私にとって初めて経験する大規模な「一般葬」でした。
正直に言うと、お引き受けした瞬間は「私に務まるかな……」と、ものすごい緊張が込み上げてきたのを覚えています。
年末年始、毎日通った8日間
ご逝去からお葬式まで、年末年始を挟んで8日間。私は年明けのシフト以外、ほぼ毎日そのご家族のもとへ通いました。
故人さまの奥さまと、長男さまご夫婦。ご家族はとても利発な方で、キビキビと物事を進める方々でした。
一方の私は、そもそもおっとりした性格で、話し方もゆっくりで、加えてまだまだ引き出しが少ない新米です。
お食事の相談、席次表、そして200名もの方を迎えるための動線確認など、喪主さまは少しでもよりよいお葬式となるよう、細部にわたってこだわられます、正直「いまの私には荷が重い」と、プレッシャーを感じていました。
それでも、分からないことがあれば「一度持ち帰って確認します!」とメモを抱えて会社に戻り、牧野社長の力も借りながら、必死に食らいつきました。
毎日3〜4時間、ご家族と向き合い、お話を重ねる日々。最初はどこか緊張感のあった空気も、毎日お会いするうちに少しずつ解けていき、最後の方はご家族も私に心を開いてくださっているのを感じて、それが何よりの支えでした。
心を通わせる「納棺式」のひととき
その8日間の中で、今でも鮮明に覚えているのが「納棺式」の時間です。
大規模なお葬式はどうしても準備に追われてバタバタしがちですが、納棺式だけは、時間が止まったような静かな空気が流れます。
マキノ祭典では、専門の納棺師さんがラストメイクや旅支度をお手伝いします。最近は病院や施設で「エンゼルケア」を済ませてから安置される方が多いですが、私たちは改めてドライシャンプーやお髭剃りを行い、故人さまの表情に肌つやを取り戻していきます。
衣装はご家族とともに着せていきます。真っ白な仏衣に、手甲、脚絆、足袋の紐を一つひとつ結んでいただく時間は、単なる「作業」ではありません。お肌に触れ、お体を清めながら、「お父さん、きれいになったね」「お疲れ様だったね」と声をかける対話の時間なのです。
通夜や告別式という厳粛な儀式では緊張を強いられますが、納棺式は、純粋に「家族」に戻れる大切な時間なんだと、そばで見守る私自身が深く教えられた気がします。
お葬式を終えたあとの想定外の喜び
会場は、練馬区大泉の「橋戸会館」。場内には40名程度しか着席できないので、会館の外に200名を超える参列者、商店街の方々にお集まりいただきました。
緊張で足が震えそうでしたが、牧野社長や先輩社員のサポートもあり、必死にメモした打ち合わせの内容を一つひとつ形にしていきました。結果、大きなトラブルもなく、無事に故人様を送り出すことができたのでした。
でも、本当の驚きと喜びは、お葬式が終わった後に待っていました。
しばらくして、マキノ祭典が定期的に開催している終活セミナーに、喪主を務められた奥様が参加してくださったんです。そこで、スタッフにこうお話ししてくださったと聞きました。
「あの時の中島さんには、本当にお世話になりました。一生懸命やってくれて、感謝しています」
わざわざ私の名前を出して、お礼を伝えてくださった。そのお話を聞いた瞬間、自分でもびっくりするくらい感激してしまって。自分では何もできずじまいだなと思っていた8日間が、ちゃんとお客様の心に届いていたんだと思うと、胸がいっぱいになりました。
おわりに
私は、テキパキと完璧にこなすエリートプランナーではありません。話し方もゆっくりですし、周りからは「のほほんとしているね」と言われることも多いです。
でも、あの時の経験から学んだのは、完璧であること以上に、お客様の言葉をしっかりメモし、毎日顔を合わせ、一緒に悩むという「泥臭いまでの誠実さ」の大切さです。
大規模な一般葬でも、小さなお別れの直葬でも、ご家族にとっては「たった一度の、大切なお別れ」であることに変わりはありません。
「中島さんにお願いしてよかった」
あの日、ご家族にいただいたあたたかい言葉を宝物にして、よりお客様によろこんでいただける葬祭プランナーとなれるよう、目指して参ります。