【ブログ・青栁】亡き親友への後悔が作ってくれた道
こんにちは。マキノ祭典の青栁です。学生時代では「やぎちゃん」、マキノの社内では「あおちゃん」なんて呼ばれています。
世の中にたくさんの職業がある中で、みなさんは、どうして、いまのお仕事に就かれたのでしょうか?
マキノ祭典で働くスタッフたちも、それぞれに違った理由を持ってここにいます。
身内の葬儀を経験した人、人に寄り添う仕事がしたかった人、家の近所でたまたま求人を見つけた人、あるいは待遇が良さそうだと感じた人……本当にさまざまです。
私の場合はどうかと言うと、二十歳のころに大切な友人を亡くしたことが、全ての始まりでした。
亡き親友へのふたつの後悔と、そのあとから湧き出てきた言葉にならない想いが、私が今ここで働いている理由です。
早逝した親友へのふたつの後悔
大学4年生まで、私はずっと宇都宮の実家から東京の大学まで、往復4時間かけて通学していました。
しかも、学費を抑えられ、かつ4年で大卒資格を得られる夜間コースへ。
これといってしたいことがあったわけではなく、ただ漠然と「ちゃんとした社会人になるには大卒資格をとっておかないと」という考えから、昼間はバイト、夜は大学という日々を必死にこなしていたのです。
二十歳になって成人式を迎えるころ、私は中学時代からの大切な親友を亡くします。
高校と大学は別々で、日ごろからマメに連絡を取り合うわけでもなかったものの、ずっと仲の良かった彼女。成人式の直前に珍しく「やぎちゃんに会いたいな」と連絡がありました。
当時の私は何かと忙しく、その時はすぐに返信できずじまいでした。そして、次に届いた連絡は、信じられないことに「危篤の報せ」だったのです。
ガンで入院しているということは知っていましたが、まさかこんなにも早く容体が急変するなんて。慌てて病室に駆けつけたときには、彼女はもう亡くなる直前で、とても会話なんてできませんでした。
「なんであの時、すぐに会いに行かなかったのだろう」
「どうして彼女の最後の言葉を聞いてあげられなかったんだろう」
深い、深い心残りと罪悪感を抱えたまま、私はお葬式に参列しました。そこで私は、もう一つの悔いを残すことになります。
棺の中に一緒に入れてあげようと、彼女への手紙を携えていたのですが、その手紙をとうとう入れることができなかったのです。
最後のお花入れの時間。式場に駆けつけた人たちが順番に棺の中にお花を入れていきます。私にも番が回って来て、彼女の顔のそばに、お花を入れてあげました。
彼女はまるで眠っているかのようなきれいな表情でそこに横たわっているのですが、うしろでは次の人がお花を持って自分の番を待っていました。
「厳粛なお葬式の流れを止めちゃいけない」「そもそも勝手に手紙を納めていいのだろうか」などと考えてしまった私は、どうしていいか分からず、戸惑ったまま自席に戻ってしまったのです。
他にもたくさんの参列者がたくさんいる中で、「今、勝手に動いていいのかな」「スタッフの方に声をかけてもいいのかな」と、何もできずに、お花入れの光景を眺めていました。
別の友人が、お花と一緒に手紙を納めているのが見えました。でも私は完全にタイミングを逃し、手紙をずっと握りしめたまま、お葬式は終わってしまいました。
納めることのできなかった手紙は、今でも私の家にあります。
あふれ出る「やりたいこと」
彼女へのふたつの後悔が、私を葬儀社への道へと導いてくれました。
彼女を見送って、家までの帰り道、私は悔いを残したことに落胆する一方で、ほんのわずかですが、悲しみが癒されていることを感じていました。
彼女とつながっていた人たちがひとつの場所に集まって、みんなで泣き、悲しみ、思い出を語り合って送り出す。そうしたプロセスが、悲しみに暮れる私たちの心を浄化してくれるのだなと、若いながらにも気付くことができたのです。
葬儀を終えて日常に戻り、時間が経つにつれて私の中で少しずつ「私はこの仕事をしたいんだ」という想いが芽生えてきました。
それが、日を追うごとに、どんどん強く、大きくなっていったのです。
人生で、こんなにも「やりたい」と思えることに出会えたのは、間違いなくこの時がはじめてで、やがてそれは「やりたい」から「やらなくちゃいけない」という使命のようなものに変わっていきます。
きっとお葬式の現場には、さまざまな後悔が渦巻いているのだと思うんです。
「もっと早くああしておけばよかった」
「なんであんなことをしちゃったんだろう」
亡き人への後悔は、悔やんでも悔やみきれません。
お葬式においても、厳粛で不馴れな場だからこそ、当時の私のように、「故人様に何かをしたくても声が出ない、足が踏み出せない」という人も、きっとたくさんいると思うのです。
私がそこにいることで、そのような不安や後悔が、ひとつでも、わずかひとつでも減らせることができたらいいなという想いが、私の原動力となりました。
親には反対されました。でも、貫きました。
だって、こんなにも「やりたい」と思えたことは人生ではじめてでしたし、ここで貫かないときっと3回目の後悔をしてしまう、それだけは絶対に避けたかったからです。
天国にいる親友が今の私を見て、「やぎちゃん、がんばってるね」と思ってもらえる、そんな仕事をしていきたいなと、思っています。