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【ブログ・小嶋】亡き母が教えてくれたこと | の家族葬・区民葬ならマキノ祭典(株式会社まきの)

ブログ

【ブログ・小嶋】亡き母が教えてくれたこと

2026.10.21

マキノ祭典の小嶋です。

葬儀の仕事を始めて27年。これまで何千件ものお葬式を担当してきましたが、遺族でありながら、亡き母の葬儀の担当を務めました。

葬儀のことなら分かっているつもりでしたが、自分の母を送ることで、改めて気づかされたことがあります。

母の葬儀を自らの手で執り行ったことを通じて、母から教えてもらった大切なことについてお話しいたします。

みんなに「またね」と言って、母は旅立った

母が亡くなったのは、紫陽花が咲く季節でした。

その年の1月ごろ、「なんとなく調子が悪い」と母が病院へ行ったところ、なんとその場でがんが見つかり、いきなり余命宣告をされたのです。

その後は通院の日々。私も仕事の合間を見つけて病院へ付き添い、姉も一緒に母を支えていました。でも、時間が経つにつれて、母の体が少しずつ弱っていくのがわかりました。

もう長くないと分かっていたので、「おじやおばたちに母に会ってもらおう」と、兄弟会を企画したのですが、当日になると、兄弟同士の予定が合わず、それは叶いませんでした。

「だったら、せめて子ども、孫、ひ孫みんなで集まろうよ」ということになり、急遽、家族みんなで母を囲んだのでした。

誰もが、母がそれほど長くないことは分かっていましたから、それぞれが母への手紙を携えて、実家に集まりました。

料理をつつき、昔のアルバムやスマホの動画を見ながら思い出を振り返りました。孫やひ孫たちはやかましい声をあげ、いつもの変わらない元気な家族たちの姿を見て、母は、ずっとニコニコと安心しているようでした。

帰り際は、一人ひとりが母に声をかけました。

「また来るね」

「がんばろうね」

酒を飲みすぎて、そのまま寝てしまっていた甥っ子を置いて、みんな実家をあとにしたのです。

それから30分か1時間ほど経ったころ、母は、自らの足でトイレに行き、トイレから出てきたところで、まるで糸が切れたように、廊下に倒れたのだそうです。

異変に気付いた甥っ子が、慌てて私たちに連絡をしましたが、駆けつけた時には母は息を引き取っていました。

最期に、子ども、孫、ひ孫みんなの顔を見て、一人ひとりと別れの言葉を交わして旅立った母。「母らしいな」と思いましたし、孫たちも「おばあちゃん、亡くなり方がカッコいいぜ」と言っていました。

おおらかで、やさしくて、ちょっと天然なところもある人でしたが、子どもも、孫も、ひ孫も、みんな母のことが大好きでしたから、最期にこうして家族みんなと顔を合わせられたのは、母の人柄だったのかもしれません。

母の葬儀を自分の手で

私は葬儀の仕事を始めて27年になります。これまで、何千件というお葬式を担当してきました。

だからこそ、最後くらいは、これまで自分が積み重ねてきたものを母に見せたい。私なりの親孝行だと思い、葬儀担当を自ら務めました。

父からも、「お前たちに任せるよ」と言ってもらっていましたから、姉と相談しながら、私自身が担当者として母の葬儀を行うことにしたのです。

私にはどうしても譲れないことが2つありました。自宅安置とお通夜です。

亡くなって母を自宅に連れて帰り、あえて一週間ほど過ごしました。父は毎日母のそばにいましたし、ドライアイスも私が毎日交換しました。孫やひ孫たちも、毎日欠かすことなくお線香をあげに来てくれました。

母には住み慣れた家に少しでも長くいてほしかったですし、家族みんなが「もう十分、母とお別れできたよね」と納得できた上で、場所を葬儀会館に移したかったのです。

そしてお葬式は、昨今人気の一日葬にせず、きちんと通夜をして、そのあとに家族が泊まれる式場を選びました。

私はこれまで、通夜のある家族葬も、通夜をしない一日葬も、たくさんお手伝いをしてきました。

それぞれに良さがありますが、やっぱり私は、通夜という時間が大切だと感じています。

通夜のない一日葬は、お別れの時間が圧倒的に少ないですし、どことなく「省略してる感」があります。

それに対し、通夜のあるお葬式をしたご家族の顔を見ると、どこか「ちゃんとお別れできた」という表情をされているように感じるんです。

 

そのことを、実際に自分自身が遺族となって、改めて理解できました。

葬儀の前日にみんなが会場に集まって、通夜式をして、みんなで食事をして、そのまま夜通し母のそばにいる。

急いで「式」を終わらせるのではなく、その人との最後の時間をたっぷりと過ごすことに大きな意味があると思っています。

ちなみに、母の通夜では、母が50年以上書き続けてきた「一行日記」を持ちこんで、みんなでそれらをめくりながら、母との思い出話に耽りました。大学ノートが何十冊にもなるので、とても全部読み切れる量じゃありません。

姉が生まれたころから始まった日記ですから、私の幼少期のことも書かれてあるわけです。

「今日は守が熱を出して学校を休んだ」

「今日は運動会だった」

「初孫が生まれた」

そんな、何気ない毎日の記録や、その時の時事ニュースが書かれていることもあります。

「お母さん、こんなこと考えてたんだね」

「こんなことがあったね。なつかしいなあ」

そうやって母の人生を、みんなで少しずつたどっていったのです。

その夜は、10人以上で式場に泊まり、それから、いよいよ葬儀告別式に臨みました。それが、すごくよかった。みんなが後悔なく母を送り出せたと思います。

お別れには、時間が必要

最近は、「タイパ」とか「コスパ」という言葉をよく聞きますよね。お葬式も、できるだけ短く、負担を少なく、シンプルにという考え方が広がっています。

実際、通夜をしない一日葬も珍しくなくなりました。もちろん、それが必要なご家族もたくさんいらっしゃることは重々承知の上で、個人的に母を送ってみて、私は改めてこう思いました。

「お別れには、時間が必要なんだ」と。

急がなくていい時間。思い出を振り返る時間。何気ない話をする時間。ただ、そばにいる時間。

お金や効率では測ることのできない「一緒にいる時間」が、残された家族の心を少しずつ整えてくれるんだと思います。

そして、それは生きている時も同じなのかもしれません。

子どもや孫やひ孫が実家の母を訪れると、母はいつも、やさしく家族を迎え入れてくれました。一緒にご飯を食べたり、くだらない話をしたり、昔の写真を見たり。そんな何気ない時間こそが、母にとって幸せだったのだと思います。

亡くなる直前も、亡くなったあとも、母とともにいられたのです。

葬儀の仕事を27年やってきた私が、母を送ることで改めて教えてもらったこと。

「お別れには、時間が必要なんだ」

母から教えてもらったことを胸に、これからも葬儀の現場に立っていこうと思います。