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【ブログ・大洞】人嫌いに陥った私がこの会社で出会った人たちに救われた話 | の家族葬・区民葬ならマキノ祭典(株式会社まきの)

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【ブログ・大洞】人嫌いに陥った私がこの会社で出会った人たちに救われた話

2026.10.04

こんにちは。マキノ祭典の大洞です。

マキノ祭典に入社して、今年で約15年になります。現在は営業の仕事を中心に、地域の方々やお世話になっている関係各所とのご縁をつなぐ日々を送っています。

営業と聞くと、「人と話すのが大好きなハキハキした人」をイメージされるかもしれません。

でも、実は入社する前の私は、人間関係に疲れ果て、「人とかかわるのがもう嫌だ……」と心身ともにすり減っていた人間でした。

そんな私がなぜ葬儀業界へ飛び込み、15年間も走り続けてこられたのか。そして、あんなに嫌だった人とのかかわりの中で、どうやって働く喜びを取り戻していったのか。

そんなお話にお付き合いいただければと思います。

人をモノのように扱う会社で心が折れた20代

マキノ祭典にやってくるまでは、飲食店を経て人材派遣会社の営業として働いていました。当時の自分には、仕事に対する特別なこだわりや強い情熱はなく、「生きていくために働く」、ただそれだけでした。

人材派遣の会社では、派遣登録した人たちと企業をつなぐ日々だったわけですが、折しもその時期はリーマンショック直後で、ワーキングプアが社会問題化したころです。「ネットカフェ難民」ということばもよく聞かれましたよね。

企業が労働コストを抑えるために行ったのが、いわゆる「派遣切り」でした。

昨日まで現場で一生懸命働いていたスタッフの方々を、次々と解雇しなければならない。不安と怒りに満ちた派遣登録者のみなさんから責め立てられる日々が続きました。

かといって、会社が彼らに対して手厚いフォローをするわけでもなく、会社と登録者の方々との板挟みに苦しむ私をケアすることもありませんでした。

当時の上司は感情的になると平気で灰皿を投げてくるような厳しいパワハラ気質でしたから、人をただのコマや物として扱うような環境の中で、私の心と体は完全に限界を迎えていました。

「もう、人と深く関わる仕事なんてしたくない……」

人間不信のような状態になり、30歳を目前にした頃、その会社を辞めました。

次の転職先に希望なんてありませんでした。「正直、稼ぎが良くて食いっぱぐれがなさそうなら何でもいいや」。たまたま求人誌のタウンワークで見かけた「マキノ祭典」に応募した理由は、本当にそれだけだったのです。

人を人として認めてくれた先輩たち

そうして足を踏み入れたマキノ祭典でしたが、最初はアルバイトからのスタートでした。

しかし、ここで私は、いい意味でのカルチャーショックを体験します。かつての職場とはまるで違い、マキノ祭典の先輩たちは、私を「一人の人間」として丁寧に扱ってくれたのです。

たとえば、祭壇や葬儀備品の車への積み込み作業。当時は栗本さんという先輩が現場の基準でした。うまくできないと冷たくあしらわれることもありましたが、手順を覚えて上手に積み込めたときには「よくできたな!」としっかり褒めて認められました。

「そうか、栗本さんがほめてくれるレベルで仕事をすればいいのだ」と、やることが明確になり、目の前の仕事にやりがいを持つことができました。

また、宿直勤務の夜には、先輩の桜井さんが親身になって葬儀の打ち合わせのロールプレイング(練習)に付き合ってくれました。葬儀社は、深夜でもいつ電話が鳴ってもおかしくないのですが、櫻井さんは練る時間を少しでも割いて、私の行き詰っている箇所を丁寧に教えてくれたのでした。

マキノ祭典は、とにかく個性の強い人間の集まりです。でも、人の癖や人間っぽさも含めてお互いを受け入れ、頑張りを認めてくれる環境でした。そんなあたたかい職場に囲まれるうちに、私の強張っていた心は少しずつほぐれていったのです。

最もきつく、でも私を成長させてくれた「営業」

社内の人間関係に救われ、少しずつ仕事に慣れていった私ですが、15年のキャリアの中で最も壁にぶつかったのが「営業」に配属されたときでした。

マキノ祭典の営業は、地域の病院や福祉施設、警察署、寺院、官公庁など、さまざまな場所を訪問します。「お葬式のことで困ったことがあれば、いつでもマキノ祭典を頼ってくださいね」とお知らせするのが私たちの役目です。

しかし、飛び込みに近い営業です。最初は本当に厳しい現実が待っていました。

「おたく誰?」
「いま別に用事はないんだけど」

相手にされないのは当たり前。1回目の訪問は「はじめまして」のご挨拶ができるからまだ良いのです。本当の地獄は2回目以降でした。

特別な用事がないのに、何を話せばいいのか分からない。相手も忙しい中で時間を取らせてしまう申し訳なさ。でも、「葬儀屋のマキノさん」と認知してもらわないといけない。会社に戻っても報告する内容がないという焦り。訪問するのが怖くて、足が重くなる日が何度も続きました。

そんな中で、私を支えてくれたのは牧野社長の言葉でした。

「マキノ祭典は地域密着の葬儀社。地域の方のお困りごとがあったら、とにかく真っ先に飛んでいけ」

私はその言葉を信じ、不器用ながらも愚直に動くことに決めました。

福祉施設から「入所者さまがお葬式のことで不安がっている」と聞けば、すぐに駆けつけました。警察署の方から「地方から上京されたご遺族が、どうしたらいいか分からず困っている」と連絡が入れば、目の前の案件を他の社員に引継ぎしてでも、一刻も早く現場へ向かいました。

調子の良いおべっかを言うわけではありません。誰に対しても礼儀正しく、きっちりと、精一杯のご案内を繰り返しました。

ご遺族さまのお話を親身になって伺い、納得していただける形でサポートする。人が嫌がるような面倒な作業も嫌な顔一つせずに引き受け、すべてが無事に終わったら、ご依頼いただいた関係各所へ丁寧にご報告に伺う――。

そんな当たり前で、けれど一番大切な「誠実さ」を愚直に積み重ねていきました。

すると、あんなに冷たかった相手の態度が、少しずつ変わっていったのです。

「大洞さん、いつもありがとう」
「次もお願いね」
「あんたはいつも、マメで律儀だね」

などと、ひとり、またひとりと心を開いてくださる方が増え、気づけば深い信頼関係が生まれていました。

壁を作っていたのは、自分自身だった

あの頃、営業がしんどくてたまらなかった時期を振り返って、今つくづく思うことがあります。

「相手と自分の間に勝手に壁を作り、『しんどい』と思い込んで閉じこもっていたのは、自分自身だったんだな」と。

断られるのが怖くて、自分が傷つかないように心に鍵をかけていたからこそ、相手にもそれが伝わっていたのだと思います。

だからこそ、腹をくくって愚直に会いに行き、礼儀正しく挨拶を続ける。こちらが心を開いてどんなことでも正直に話すようになると、相手も必ず耳を傾けてくださるようになります。営業という仕事を通して、私は人として本当に大きく成長させてもらいました。

「営業」と聞くと、世間ではどこか嫌がられる職種に思われがちです。でも、決してそんなことはありません。

人の想いと想いをつなぎ、お客様の「困った」を解決して安心届ける仕事。無事に終わったときには「大洞さんにお願いして本当に良かった」と、涙を浮かべて感謝していただけます。

人嫌いに陥っていた私が、マキノ祭典への転職をきっかけとして、あたたかい仲間たちやすばらしいお客様に出会うことができました。いまとなっては人との繋がりの中に大きなやりがいを感じ、お客様から喜ばれることで承認欲求が満たされている。人生、何が起こるか分からないものですね。

人間関係や仕事で悩んでいる方がいたら、伝えたいです。一歩を踏み出す勇気と愚直な誠実ささえあれば、人はいつからでも変われますし、すばらしい繋がりに巡りあうことができます。

そうした気付きを与えてくれたのが、私の場合、マキノ祭典だったのです。